受託研究-コマツナにおける夏季高温期の遮光の有無が食味に及ぼす影響

研究内容

  1. 基本五味の識別テスト
  2. コマツナの官能評価・アンケート調査

受託研究期間

令和4年度

委託者

公益財団法人 東京都農林水産振興財団

受託研究担当者(役職等は令和4年度現在)

東京聖栄大学健康栄養学部食品学科

准教授
熊谷 美智世

「コマツナにおける夏季高温期の遮光の有無が食味に及ぼす影響」報告書

背景・目的

コマツナは東京都江戸川区が発祥とされ,本学の所在地であり江戸川区と隣接している葛飾区の農家においても数多く栽培されている,東京を代表する特産野菜の一つである。コマツナは本来冬が旬の野菜であるが,現在年間4~8作も栽培されるほど効率よく生産できることから一年中食すことができる。コマツナは一般的に,夏は苦く冬には甘いといわれており,実際にコマツナの葉身に含まれるうま味や甘味を呈する遊離アミノ酸含量は夏作のほうが冬作に比べて少なく,逆に苦味を呈するアミノ酸含量は多くなるということが報告されている1)

緑茶栽培においては被覆栽培により遊離アミノ酸含量が増え,渋味や苦味が抑えられるとともにうま味が強くなることが報告されていることから,野菜においても栽培時に遮光することにより食味に何らかの影響があると考えられる。

これまでにコマツナと同じアブラナ科のカラシナにおいて,遮光の有無がアミノ酸組成に及ぼす影響について調べたところ,遮光することで,うま味を呈するアミノ酸であるグルタミン酸とアスパラギン酸,甘味を呈するアミノ酸であるセリンとアラニン,苦味を呈するアミノ酸であるアルギニンの含量が減少することが報告されている2)。コマツナについては,委託者である東京都農林総合研究センター 江戸川分場の研究者らが夏場の高温期に栽培したコマツナについて,遮光することで葉身では甘味を呈するアミノ酸(セリン,アラニン)含量は減少し,葉柄では甘味を呈するアミノ酸(グルタミン、トレオニン、セリン、アラニン)および苦味を呈するアミノ酸(バリン,イソロイシン)含量が減少することを報告している3)。しかし,ヒトが食したときの食味の違いについては明らかになっていない。

そこで,本研究では,高温期にコマツナを栽培する際の遮光の有無がコマツナの食味に及ぼす影響を官能評価により調べ,アミノ酸の組成変化との関連性について検討し,栽培時の遮光がコマツナの食味へ及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。

実験方法

1.試料

東京都農林総合研究センター 江戸川分場で2022年9月に,遮光をしない通常の方法で栽培されたコマツナと遮光をして栽培されたコマツナを用いた。コマツナの外葉3~4枚と中心部の若葉を取り除き,大きさの揃った葉を選別して(長さ:22~25cm,重量:5~7g),洗浄後,包丁を用いて葉身と葉柄に分けた。(写真1~3)


写真1 試料に用いたコマツナ


写真2 定規を用いてできる限り大きさを揃えた


写真3 葉柄と葉身は写真のように分離した

2.加熱方法

ゆで加熱によるゆで水中への風味成分の損失を考慮し,本実験では蒸し加熱により調製した。予備実験により,葉身の蒸し時間は1分間,葉柄の蒸し時間は2分間とした。オーブンシートを敷いた蒸し器に,葉柄と葉身をそれぞれ重ならないように並べて蒸し,所定時間になったら直ちに取り出し、バットにキッチンぺーパーを敷いた上に重ならないように広げて室温で放冷した。(写真4~8)。


写真4 加熱に用いた蒸し器


写真5 葉身の加熱の様子


写真6 葉柄の加熱の様子


写真7 葉身の放冷中の様子


写真8 葉柄の放冷中の様子

3.官能評価

1)パネリスト

東京聖栄大学 健康栄養学部 食品学科の3~4年生20名(男子:8名,女子:12名)とした。

2)評価


写真12 官能評価中の様子

東京聖栄大学の官能評価室にて実施した(写真12)。葉柄は基部から2cm部を除去し,そこから4cmを切り出した部位を試料とした。葉身は1枚をそのまま試料とした。色シールを貼った白のプラスチック皿に,葉柄4本と葉身2枚を別々に入れて供試した(写真11)。評価時,パネリストのテーブル上には,官能評価用紙,鉛筆,試料のほかに,口すすぎ用のミネラルウォーターを用意した(写真9)。口すすぎのタイミングとして,少なくとも次の試料を評価する前にはミネラルウォーターを使用して口中を洗い流すよう指示した。評価はコマツナを咀嚼して飲み込むタイミングの味について行うよう指示した。通常栽培のコマツナを基準(0点)として,遮光栽培コマツナについて,甘味,苦味,塩味,酸味,うま味の強度,総合的な好ましさについて5段階で評価した。

参考までに,官能評価と同時にパネリストの五味識別能力を確認するために,五味識別テストを実施した4)


写真9 パネリストのテーブル


写真10 五味識別テストの溶液
(五味+水の6つの溶液)


写真11 コマツナの官能評価試料

統計解析

本研究で得られた官能評価の各項目のデータの評価点の統計解析には,分散が等しくないと仮定した2標本によるt検定を行った。

倫理的配慮

本研究は,東京聖栄大学 研究倫理審査委員会の承認を受けて実施した。官能評価者募集時に,研究目的や方法,個人情報の取り扱いと保護に関すること,参加は任意であることを説明した。官能評価実施前にも募集時と同じ内容の説明をし,同意書に署名をしたうえで官能評価に参加してもらった。また,同意撤回書を渡し,同意して官能評価に参加しても,評価用紙を提出前までは撤回は自由であることを説明した。個人情報を可能な限り取得しないよう配慮し,評価用紙への記入は年齢と性別とし記名は求めなかった。

官能評価の結果

1)各項目の平均値

図1に葉柄の各項目の評価点の平均値を,図2に葉身の平均値を示す。

葉柄については,酸味のみがマイナスであったが,それ以外はほぼ0付近であった。t検定を行ったところ,葉柄においては甘味,苦味,塩味,うま味で有意な差は認められなかったが,酸味では有意差が認められた。総合的な好ましさについては両者間で有意な差は認められなかった。一方の葉身においては苦味とうま味で評価点がプラスとなり,酸味ではマイナスとなった。t検定を行ったところ,苦味とうま味,酸味のいずれにおいても有意差が認められた。総合的な好ましさについては遮光栽培のほうがやや好ましい傾向が見られたが,有意差は認められなかった。

これらの結果から,遮光の有無による食味の違いは葉柄よりも葉身で表れやすいと推察される。味については,葉柄および葉身いずれにおいても遮光により酸味は和らぎ,うま味が強まることがわかったが,苦味については葉柄と葉身で傾向が異なり,葉身では遮光栽培のほうが強まることがわかった。


図1 葉柄の全データ評価点の平均


図2 葉身の全データ評価点の平均


図3 葉柄の全データ評価点の分布


図4 葉身の全データ評価点の分布

まとめ・考察

夏場の高温期の遮光の有無がコマツナの食味に及ぼす影響を官能評価により調べたところ,葉柄では酸味が和らいでうま味が強くなり,葉身でも酸味が和らぐとともにうま味に加えて苦味も強くなることがわかった。葉柄および葉身に共通してみられる傾向としては,遮光により酸味が和らぎうま味が強くなるということがあげられる。緑茶の玉露では被覆栽培により,アミノ酸の一種であるテアニンやグルタミン酸,アスパラギン酸含量が通常栽培の煎茶に比べて多く,うま味を強く呈することがわかっているが5),コマツナにおいても,玉露とは機序は異なるもののうま味が強くなる傾向がみられた。

遊離アミノ酸含量の分析結果では,葉身および葉柄において,甘味を呈するアミノ酸量は遮光栽培のほうが通常栽培コマツナよりも有意に減少し,うま味は同程度で,苦味のアミノ酸含量は有意な差は認められないものの遮光栽培のほうがやや減少することが示された3)。しかし,本研究の官能評価の結果では甘味は同程度で,うま味は強まり,苦味も葉身においては強まるとの結果となり,アミノ酸含量の結果とは対応しなかった。その理由として,まず,コマツナの呈味成分はアミノ酸以外にも関与していることが挙げられる。また,本研究では試料を蒸しているがアミノ酸含量の測定ではゆでた試料を用い,さらにゆでた後ホモジナイズを行っていることから非常に微細な状態になっている。これに対して官能評価では咀嚼程度であり,ホモジナイズされたコマツナとは細胞内から浸出するアミノ酸量が異なり味覚に影響を及ぼしたと考えられる。さらに,官能評価では呈味成分のバランスなどの影響を受けることから,アミノ酸含有量とは対応しなかったと考えられる。コマツナの含有成分がうま味,甘味,苦味に及ぼす影響に関する先行研究においても,遊離アミノ酸単独ではコマツナのうま味,甘味,苦味に影響を及ぼさないこと1),アブラナ科野菜(コマツナ,高菜、広島菜,かつお菜)において,グルタミン酸量と官能評価には相関性が認められなかったということ6)が報告されている。

苦味については,評価点の分布結果から葉柄においてやや弱い(-1)とやや強い(+1)の回答者数が同程度であったが,その理由として,試料の個体差が大きい可能性や,パネリストの苦味に対する感受性,嗜好性に違いがあったことなどが考えられる。

高温期の遮光の有無がコマツナの食味に及ぼす影響をさらに明らかにするためには,試料数とパネリストの人数を増やしての官能評価や,炒める,茹でるなどの各種調理法で調製した小松菜試料の官能評価を行うことが今後必要であると考えられる。

実際の様々な調理を想定して官能評価を行うことで,夏場の苦味が強いコマツナに対して苦味を緩和する調理法のヒントにつながる可能性も期待できる。

総括

本研究から,コマツナは遮光栽培により苦味を軽減する効果は認められなかったが,酸味は緩和されうま味が強まるということがわかった。しかし,個体差が大きいということも示唆された。栽培方法を検討することもコマツナをおいしく食べるためには重要であるが,個体差が大きい可能性が示唆されたことから,どのようなコマツナでも苦味を緩和しておいしく食べるための一つの解決策として,調理法で工夫することも必要であると考えられる。

今回の試料はコマツナを蒸した状態で評価したが,コマツナを蒸しただけで食することはなく,通常は何らかのカタチで調理したり調味して提供される。苦味は五味のなかでもその程度によって拒否される可能性が大きいことから,調理を行う上では苦味自体をコントロールするか,苦味を感じにくくするなどの工夫が求められる。

ダイコンに関する先行研究で,生の状態では嗜好度が低かった品種のダイコンが,おかか煮や揚げ煮をすることで,生の状態の嗜好度と逆転することが報告されている7)。また,ニンジンについても,生食ではニンジン臭さから好まれなかった品種がポトフにすることで高く評価されたとの報告もある8)。一因として,野菜に含まれるグルタミン酸とかつお節やポトフの鶏肉に含まれるイノシン酸の相乗効果が寄与したと考えられる。

今回の官能評価では,遮光栽培によりうま味が強まる傾向が認められたことから,コマツナをおいしく食するためには,うま味の相乗効果を利用したり,油脂と加熱することで生まれる風味の向上を利用するなどの方法があげられる。苦味が特徴の代表的な野菜であるゴーヤ,ピーマンをマヨネーズで加熱調理したところ苦味が低減することが官能評価により明らかとなり,その作用機序としてマヨネーズ中の乳化粒子がゴーヤ,ピーマンの苦味成分を吸着している可能性が考えられるとの報告がある9)

今後は,高温期の遮光の有無がコマツナの食味に及ぼす影響をさらに明らかにするために,試料数とパネリストの人数を増やしての官能評価を行うとともに、コマツナをさまざまな方法で調理した状態で官能評価を実施し,夏場のコマツナをおいしく食べる調理方法を検討することも必要であると考えられる。

参考文献

  1. 宮澤 直樹, 馬場 隆, 石本 太郎, 堀江 秀樹(2022),含有成分がコマツナのうま味,甘味,苦味に及ぼす影響,東京都農林総合研究センター研究報告 / 東京都農林水産振興財団東京都農林総合研究センター編 (17) 33-43
  2. 澤井 祐典, 玉城 盛俊(2020),アブラナ科カラシナに含まれる遊離アミノ酸,シニグリン,アリルイソチオシアネートの遮光栽培による影響,日本食品科学工学会誌 67 (6), 203-208
  3. 宮澤 直樹, 石本 太郎, 堀江 秀樹(2020),高温期の遮光がコマツナのアミノ酸組成に与える影響,東京都農林総合研究センター令和2年度成果情報,103-104
  4. 古川 秀子(1997),やさしい官能評価,日本調理科学会誌30(2) 200-203
  5. 茶のいれかた研究会(1973),茶のいれかたの検討 茶業研究報告 (40), 58-66
  6. 松下 実代(2019),アブラナ科野菜のアミノ酸成分値と食味の関係性,日本調理科学会大会研究発表要旨集 31 (0), 92
  7. 特定非営利活動法人 野菜と文化のフォーラム,平成19年度知識集約型産業創造対策事業 野菜のおいしさ検討委員会報告書,20-22
  8. 山口 静子(2008),官能評価から野菜のおいしさを考える,日本醸造協会誌 103 (3), 163-171
  9. 西村 知紗, 吉岡 智史, 柳澤 琢也(2015),マヨネーズによる野菜の苦味低減効果,日本調理科学会大会研究発表要旨集 27 (0), 174